右脳左脳ポエム
右脳思考とか左脳思考とか、そういうの今回は真剣に考えてみる?
そうする?
そもそも、原始的な暮らしをしていた私たちなら、「嵐が来るかもしれん。今日のうちに狩りしとこ。狩りが上手く行くためにはこの矢じりよね。」って感じで、右脳と左脳はバランスよく作動してたはず。
バランスよく作動してる人ほど、多分うまく生存出来たはず。
脳の作動の仕方に偏りがある人にスポットが当たりだしたのはいつだったのだろう。
「この分野なら、こいつに頼めば大体上手くいく」
こういう考え方ができ始めてから、「外注」する文化が出来てきたはずだ。
ということは、文化的な生活をすればするほど、偏りは許される。偏りがあっても、生き残れるということ。
多様性が認められるということは、文化、教育が進んでいるということだな。
「自分はこういうタイプ♡」なんていうタイプを分別する楽しみを得られるのは、文化的な生活をしているという証。
話はもどって、左脳思考とされる人が右脳思考を取り入れる試みをする、というのは、より人間が自然的に生きることに価値を見出しているということでもあると思う。
人間が自然的に生きることは、生きることと死ぬことの間にある。
常に、生と死を意識する生き方。
死は「限界を迎えた時」に訪れる。
原始的な暮らしをしていた人間の、未来を変える新しい発想も「限界を超える一瞬」に生まれたはず。
ただ、上手く生き抜いていくなら、右脳と左脳をバランスよく使っている人がいい。
でも、未来を変えるめちゃくちゃ新しい発想を生み出すならば、まずは大々的に右脳だの左脳だの、どっちかに偏っててそっからバランスを取るのがいいんだろな。
文化的な生活を最大限活用して、大いに偏ろうぜ若者達よ。
そして、バランスという化学反応で、未来を動かしていこ。そうしよ?
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